2012年8月25日 インタビュー:大橋恵美(LIXILギャラリー)
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大橋 |
酒井さんの作品は既成のプリント模様の布を使い、スモッキングやシャーリングという手芸の技法で手づくりされています。こうした作品をつくるようになったのはなぜですか。
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酒井 |
洋服をつくりたくて大阪芸術大学大学院へ進み、自分で糸から染めて織物を織っていたのですが、ある時、織物は縦横の糸で出来ているけれど、それが斜めに縮んだら面白いんじゃないかと思い、斜めにするために織物を糸で縫っていったんです。格子に織った柄が菱形になり、その織物の構造が壊れるところに私自身は面白さを感じたのですが、鑑賞者にはやはり織物という素材のテクスチャーばかりが強い印象に残るようで、その面白さに気づいてもらえませんでした。
そこでいっそのこと、テクスチャーそのものを失くしてしまおう、機械生産によるテクスチャーのフラットな状態の布を使おうと思ったのが始まりです。
布の歴史は産業革命で大量生産されるようになりました。経済性を重んじた、人の欲望から生まれたそうした布について美術工芸を学ぶ大学では目にすることはほとんどありませんから、大きく価値観を変えたと思っています。自分自身の新しい視点が持てたから反抗心が生まれたのかもしれません。
人は手仕事のぬくもりを求めていると思いますが、一方で私自身赤ちゃんの頃から着ている服も既製服で、糸から紡ぐことは自分の生活ではリアリティがありませんでした。今の時代に生きているからこそ出来ることがあると思います。
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大橋 |
作品のイメージはありますか。
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酒井 |
テキスタイルを専攻していた頃に、ファイバーワーク全盛時代やヨーロッパのタピスリーの歴史から繋がるローザンヌビエンナーレがなぜ終わってしまったのか、アヴァカノヴィッチ(Magdalena Abakanowicz)の表現などを調べました。絵画や他の表現では、独自に表現したいテーマや物語が先にあって、それに近づく方法として絵を描いたりします。でも工芸の技法と素材は、そんな風なつくり方をすると逆にそれが制限になってしまうんです。
工芸の作品の昔からの技術はすごく美しいです。私は、最初にテーマや物語をつくるのではなく、その美しさみたいなものを目標に持っていったら、何も制限がなくなるのではないかと考えています。
生地を見て縫っていると、イメージが立ち現れてきます。タイトルもそこから連想するものをつけています。
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大橋 |
好きな生地はありますか。
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酒井 |
生地は相当ストックを持っています。生地はファッションに通じるので時代の影響を反映しやすい素材です。水玉模様も日本では横並び、ヨーロッパでは斜めに並んでいるんです。玉の大きさや並び方で私が作品としてつくれる模様も全然違ってきます。
モチーフのある柄、ストライプ、水玉、ギンガムチェックと、作品としての縫い方はそれぞれ違います。モチーフやストライプの布は、絵を描くように直接的に模様を掬い上げて縫っていきます。水玉やギンガムチェックの模様はしわをつくるために規則的に縫って使います。
模様のサイズを細かく計算して生地を自分でつくることも考えられますが、想定通りのものをつくってもやはり面白くありません。自分では絶対につくらないようなセンスの、思いもよらない生地に出会えた時は嬉しくなります。そんな生地がたくさんあるので、アイデアは尽きません。
実は私は今、生地の図案を描くアルバイトもしているんです。作品では手仕事を大切にしたものを制作しているのに、一方では大量生産される生地の図案を描くのがとても面白いと思っています。
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大橋 |
繊細な布でも作品はダイナミックです。
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酒井 |
織物を織っていた頃から、大きな機で2mくらいの作品を基準に制作してきました。布は軽いので大きなものをつくりやすいし、繊維の細かさに注目すると、手に乗るような小さな作品も魅力的です。大きなものと小さなものの両方をつくっていきたいと思います。
かたちも、以前は布と糸だけで自立し、内側が空洞であることにこだわっていましたが、内側に心材がないとつくれない大きさがあります。凄く小さなものに挑戦した時に、内側に綿を入れてみたら今までにないきれいな張りが出ました。それによって平面だけでなく、立体的なさまざまなかたちに挑戦できるようになりました。
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大橋 |
作品タイトルやフォルムに独特の印象があります。
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酒井 |
私は子供の頃男の子みたいだったんです。女の子になるのが恥ずかしくて、小学生の間一回もスカートを穿いたことがありませんでした。母の本棚に「立原えりか」や「やなせたかし」などの詩歌集が並んでいて、読んだらだめと言われて、母が仕事に行っている間にこっそり読みました。短い詩の言葉から広がる大きな世界がすごく好きで、それが作品に直結しているように思います。母親と同世代の方は、スモッキング・ワンピースを思い出すとか、作品のタイトルを見てノスタルジーなイメージを共感してくれます。その頃、女の子らしさを隠していたので、今になって爆発しているのかもしれません。
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大橋 |
作品のスケールが大きくなりました。
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酒井 |
今春、高知県の五台山竹林寺(遍路寺)の客殿に展示をしました。戸をすべて開け放ち、内と外の境のない大きな空間を体験しました。春だったのでとても風が気持ちよかったです。
この展示のために最初に制作した作品に、なぜだか今までにない宇宙的なイメージを感じました。会場を下見した時に、安置されていた大日如来像の姿が記憶のどこかに残っていて、宇宙のイメージに繋がったのだと思います。そうした場所への供物のように展示した作品に、和尚さんが本物のお供えとご声明をしてくださいました。今展でもこの体験から新しく生まれた感覚の作品をつくっていきたいと思います。
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/インタビュー終了//>