2009年1月12日 インタビュー:大橋恵美 (INAX文化推進部)
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秋永 |
今展は新作で床に2点と壁に1点と入口ケース内に1点の4点になります。
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大橋 |
新作は、今までのシャープなデザインに比べて混み入ったかたちになっていますね。
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秋永 |
どんどんデコラティブになっていますね。自分でも装飾的にしていきたいと思っています。テーマは同じですが発展させていきたい。
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大橋 |
最初の頃はヨーロッパ中世の紋章や武具を連想させました。
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秋永 |
そう、もともと図案から考えているんです。それ以前は全然違うシンプルな作品をやっていたんですが、人にも自分が出ていない、表現が出来ていないみたいなことを言われて。考えてみたら確かに自分でもつくることだけで満足していたんです。
その頃私生活でも趣味が変わったりして、装飾的なもの、シャンデリアみたいなものを昔はそんなに好きではなかったんですけど、いいなあと思い出したんです。そこから図案に行き着いた。図案を見ていたら、西洋の図案と日本の図案は似ているものも多くて、日本の影響を受けた西洋の図案も結構あったりして、なんか面白いと思って立体化してみたんです。それまでのシンプルな作品はタイトルも「surface purity:表面的な」という意味で、それはつくる動機を考えた時に表面性みたいなものをしっかりとつくりたいと思っていたからで、今は「growth:植物の成長」です。もともと図案というのは植物文が多くて、それを自分でデフォルメして組み直しているのでそうつけたんです。
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大橋 |
表面から中身にシフトしたということですか。
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秋永 |
そういうことですね。
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大橋 |
以前のシャープな作品は土でなくても良かったのではないですか。
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秋永 |
未だ土との関わりは難しくて考えていないんです。
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大橋 |
秋永さんがやきものをやるきっかけは何だったんですか。
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秋永 |
もともとは美術大学を受ける時にはデザイン科に入りたかったんです。でも受験に失敗した。でも何にしても立体、プロダクトへ行きたかったので、陶器もデザイン陶器が好きだったので受けたんです。森正洋さんとか柳宗理さんとかに憧れがあった。でも入ってみたら柳原睦夫先生と田島悦子先生。その時初めてそういうものを見ました。
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大橋 |
違う方向へ入ってしまいましたね。
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秋永 |
それでも先輩方の仕事を見て造形の方へ進んだんです。
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大橋 |
美術大学へ行くきっかけは何だったんですか。
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秋永 |
高校もスポーツで入学したので、それまで全然そういうのはなかったんですが、でも小さい頃からものを集めるのが好きでした。例えば切手とか。その時の気に入るデザインですね。
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大橋 |
私生活で趣味が変わったというのは。
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秋永 |
何があったというわけではないのですが、大学卒業後副手を3年間した後、学校を離れて窯もない状態になったんです。そこで一度客観的になれたと思います。少し落ち着いた。学校では報酬をもらいながら作品をつくれる贅沢な環境だったのが、それが出来なくなって稼がなければならない。
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大橋 |
色彩は変わらずずっと黒ですね。
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秋永 |
白化粧してから釉薬を掛けています。
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大橋 |
複雑なかたちになって、つくり方は上手くいっていますか。
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秋永 |
いや、いや。もともと技術志向なんですが、ある時ある人に無茶苦茶言われまして。下手くそや、もう一遍大学行ってやり直して来いと。それで、その方のアトリエに行かせてもらって見てもらったんです。造形力とはこういうものだという考え方を授けてもらいました。それまでは稜線ばかり見ていたのが、造形物は面も大事で、多少狂っていても面がしっかりしていたらきれいなかたちに見えるんだと。
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大橋 |
大きなステップでしたね。かたちはゲームに出てくる近未来のキャラクターみたいな造形も連想しますね。
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秋永 |
それはもう子どもの頃から無意識に入っていると思います。
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大橋 |
ところで、秋永さんに大きな影響を与えた面の話をして下さった方ってどなたですか。
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秋永 |
森野彰人さんです。京都造形大の教員免許の通信教育の実習でお会いして、一遍家に来いって言われて。
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大橋 |
森野さんは仕事が丁寧ですから。そういう在り方を見るだけで違いますね。
秋永さんのかたちも以前は頭でっかちだったのが、少しずつ気持ちが柔らかくなってきたのではないでしょうか。
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秋永 |
そうです。僕は、これからは色を使っていってもいいかなと思っているんです。最近では立体的な加飾、蔦模様みたいなものもレリーフ状に入れているんです。セクシーにしたいと思って。
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大橋 |
チャームになりますね。秋永さんは未だ大きさだけでなく、スケールが大きくなりそうです。大きくても小さくても想像を超えたものを見て、びっくりしたり刺激を受けたりするのが、私たち受け手の側のスタンスだと思うのですが、作家もまた自分がどこに行くのか楽しみではないでしょうか。
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秋永 |
そうですね。僕は今、私立高校で美術と陶芸の授業を教えていて、1点の作品を時間をかけてつくらせているんです。シンプルな角柱なんですけど。そうしたらある時からつくったものをすごく大事にし出すんです。一遍授業に全員遅れて来たことがあって、どこに行っていたんやと聞いたら、陶芸のことを調べに皆で図書館に行っていた。今までそんな事をしたこともないチャランポランな生徒達が。そのうちの一人が卒業後芸大へ行きました。
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大橋 |
彼らにとって、初めてと言っていいくらい夢中になれたんでしょうね。
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秋永 |
最初は単位をとるためだけの授業だったのが、途中から変わるんです。
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大橋 |
いい話ですね。秋永さんは小さい頃からものづくりが好きだったんですか。
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秋永 |
好きでしたね。家が金属加工の工場だったんです。旋盤なんですけど。工場の道具とか触っていた。
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大橋 |
それはすごいことですね。
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秋永 |
何かしら影響はありましたね。工場はもう父の代で終わりなんですけど。今はコンピュータでやるので。父は全部自分の手でやっていたんです。
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大橋 |
考え方だけでなく、それだけの技術のある場にいられた事もすごいです。榎忠さんみたいですね。
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秋永 |
そう、榎忠さんに会ったらすごい興味があるって。一度遊びに行っていいかと言われました。榎忠さんの作品を最初に見た時にはやられたと思いました。
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大橋 |
あのシャープさは手では出ないですよね。あの物量と。
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秋永 |
出ないですよね。
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大橋 |
秋永さんの作品はボリュームに関してはどうなんですか。
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秋永 |
ボリュームは出したいと思っているんです。でも出そうと思うとどんどん大きくなってしまうんです。
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大橋 |
秋永さんの作品はこれから、尖がった部分が残るのか、カーブが残るのか、それこそ無限の組み合わせがあると思います。これからもっと秋永さんらしいものが出てくるような気がします。今はその萌芽が魅力的だと思っています。
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